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2025.06.18

【インタビュー】映画『ら・かんぱねら』はロケ地・佐賀の協力があってこそできた作品/川口浩史プロデューサー

難曲「ラ・カンパネラ」のピアノ演奏を独学で習得した佐賀県の海苔漁師・徳永義昭さんの実話に基づく映画『ら・かんぱねら』が現在ユーロスペースなど全国で公開中。地元の人々との交流や制作裏話を、数々の地方発映画を手がけてきた川口浩史プロデューサーに聞いた。

 

Q本作監督の鈴木一美さんからの相談から、川口さんがプロデューサーとして入ることになったと聞きましたが、どのような経緯で関わることになったのですか?

この映画は、鈴木監督が、TBSの『さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP』という番組で、「すごい人がいる」と感銘を受けたことから始まりました。ピアノの魔術師とも呼ばれるリスト作曲の「ラ・カンパネラ」を演奏するフジコ・ヘミングに感銘を受けた52歳の徳永義昭さんが7年練習して弾けるようになって、とうとう本人の前で演奏する感動的なストーリーだったそうです。
監督が佐賀の徳永さんのご自宅を訪ね、インターホンを押して「あなたのことを映画にしていいですか?」と尋ねたところ、即座に「いいですよ」と返事をいただいたそうです。そこからピアノを始めたきっかけや海苔漁について取材し、脚本家の洞澤さんと共に2年かけて脚本を作り上げていきました。
そんな時に、『ら・かんぱねら』の制作総指揮である鈴村さんから、ずっと地域で映画を作り続けていた僕にプロデューサーとして声がかかりました。
もともと僕は監督をしていたのですが、『島守の塔(2022)』という太平洋戦争中の沖縄を題材にした映画でプロデューサーとして関わることになりました。その後、福井県鯖江市が舞台の映画でもプロデューサーとして参加し、その時の美術プロデューサーが鈴村さんで声をかけてくれ、監督からもぜひサポートしてほしいということで、本作への参加が始まりました。


Q制作過程をお伺いします。本作には地元の方の協力無くしてできなかったそうですが、どのような段階から協力してもらい、どのような協力があったのですか?

ロケハンよりも前(2023年5月)から、監督と僕は佐賀で家を借りて、2人で共同生活を始めました。監督は昼担当で、喫茶店で近所の人と会話をしたりして知己を広めました。僕は夜担当(笑)。繁華街の飲み屋街で、話をして、そこから漁師さんたちなどがネットワークを広げていきました。
皆さんには、さまざまな協力をお願いしました。一番は、製作資金集めでした。それから、制作の準備、撮影現場でのお弁当の手配や交通整理です。すると「それなら支援する会を立ち上げてみようか」と動き出してくれ、商工会や市、県など行政に声をかけて、メンバーを集めていきました。ここからはもう彼らの物語です。知り合いのところを回ってポスターを貼ってもらったり、飲食店でチラシを置いてもらったりしてくれました。
協賛金をどう集めるかっていうところでも、それぞれの工夫が地元の方々から出てきたというのが一番大きかったです。最終的に地元だけで1億2千万円以上を集めて下さいました。
現場の体制づくりも、皆さんが盛り上げる方法を考えてくださいました。撮影中に必要な様々な係を作り、炊き出しを出演者が食べてSNSで発信するなど、地元のPRの場としても使ってもらえるようにして、支援をお願いしました。
海苔漁師さんたちは海苔漁の監修や撮影用の船の貸し出しをしてくださり、社員の皆さんにもご協力いただきました。漁船を8隻ほど使用して、「これハリウッド映画なんじゃないか」というほどの凄い規模で撮影になったことは感謝しかないです。

 

Qその中でご苦労もあったそうですね。
地元の方から「映画なんか本当にできるのか」「騙されているのでは」「他人様の土地に来て、他人様のお金で映画撮るって、あんたたちどれだけ図々しいんだ」という声はありました。徳永さんが有名になってから、いろんな人が近づいてきていたので、どこの馬の骨か分からない僕らは怪しまれていました。そこで、地域活性のための映画を作ってきた実績を伝えたり、事業計画や制作スケジュールを作成し「こう進めればちゃんと映画はできますよ」と説明したりしました。そうして、皆さんが納得してくださるようになりました。また、キャストに伊原剛志さんや南果歩さんが決まったことを公表すると、俳優さんが本当に来るということが一番大きな信用のバロメーターになり、更にエンジンがかかりました。

 

Q地元の方の情熱というのは、どこから生まれてきたのでしょうか。

大きく3つありました。まず「モデルになった徳永を応援してあげよう」ということ。次に、「地元の海苔を全国に広めたい」ということ。そして、「佐賀がどこにあるのかすら知られていない、そんな現状を覆したい」ということ。佐賀県は毎年発表されている魅力度ランキングの下位を争う県で、とうとう昨年最下位になってしまったんです。
皆さんの本気度は本当にすごかったです。例えば、支援する会の中では、地元でIT関係を生業にしている方を中心に広報部ができて、SNS戦略を立ててくれました。これがかなり大きな力になりました。撮影前の準備段階から発信をしたことで、じわじわと地元の中で情報が広がっていきました。支援する会のSNSは撮影中ももちろん、公開後も多く情報発信をしています。

 

Q地元の応援の中で、この映画をどのような作品にしたいと制作していったのですか。

当初は、やはり商業的な狙いもありましたが、だんだんと地元の方がちゃんと喜ぶものにしないといけないという思いが強くなっていきました。子供から大人、おじいちゃんやおばあちゃんまで楽しめるような物語へと仕上がっていきました。
皆さんに映画の話をすると、「私も出して」とおっしゃるんです。じゃあ地元の方に出てもらおうということで、エキストラに至るまでオーディションをするということになりました。それも支援する会が、会場の手配から待機場所、当日の流れまで、全て自分たちで考えて仕切ってくださいました。またそれが一種のイベントとして盛り上がっていきました。
最初は自分たちが映画を撮ろうと思って佐賀を訪れましたが、今は地元の方とキャッチボールしながら作り上げていったという感覚があり、「これはあなたたち佐賀の人たちの作品ですよ」という気持ちでいます。商業映画ばかりの昨今、骨太な映画が、これから生き残っていく1つの方法として、地元の方々とタッグを組み、地域に還元していくということもありなのではないかと感じました。

 

Q2025年1月からまず佐賀から公開されて、反響などいかがですか。

佐賀県内にある「イオンシネマ佐賀大和」で1月31日から公開が始まり、地元の人はすごく喜んでくれました。例えば、伊原剛志さんと南果歩さんがおにぎりを食べるシーンでは、海苔のパリパリとした音がしっかり聴こえて、「ちゃんと表現してくれている」「美味しそうに食べてくれている」と好評でした。 佐賀弁についても全く違和感がないと言っていただきました。
九州全体へも広がっているのですが、支援する会のパワーが大きく関わっています。看板コーナーの設置、主演の伊原剛志さんのコンサートやロケ地ツアーの主催、今年の11月にもイベントを予定していて、このパワーはどこから来ているのだろうと驚かされています。それぐらい彼らの人生を変えるインパクトがあったんでしょう。彼らが一番願っているのは、1人でも多くの方に映画を見てもらいたいということなので、地道ながらも発信していって、東北や北海道にまで広がっていってほしいです。

 

Q最後に、これから映像制作を志す若者に向けてメッセージをお願いいたします。

やっぱり一番大事なのは、「人間が好きか」というところで、作品の神髄は、「どれだけ深く人間ドラマを描けるか」ということです。そのための手がかりは、都会より地方にいた方が発見できる機会が多いと信じています。地域にはドラマになる物語がたくさん埋まっています。そういったものにアプローチし、自分のものにしていく。映画人をシェフに見立てると、産地直送の材料をどんな調理方法で、どんな料理にするかということが、僕ら映画人の仕事です。そのために良い材料になるものをしっかり見つけられる目を持つことが大切です。

〈作品情報〉
映画『ら・かんぱねら』
監督:鈴木一美
プロデュース:川口浩史
脚本:洞澤美恵子
出演:伊原剛志、南果歩 ほか
公開:2025年1月31日より公開中

【あらすじ】
九州佐賀の有明海で海苔師一筋に生きて来た男は、ある日、フジコ・ヘミング演奏によるフランツ・リストの「ラ・カンパネラ」を聴いて、感動し身を震わせた。そして決意する。「この曲を弾きたい!」プロのピアニストも怯むほどの難曲。妻や息子の猛反対を押し切り、音楽とは無縁だった52歳の男の、本気の挑戦が始まる。日々苛酷な自然と闘う海苔師の仕事人、その一方で夢とロマンを求めて、ひたすらピアノに立ち向かった男の1年間。なぜ無謀と思われた「夢」を追い求めたのか?その裏には家族や仲間への愛情と仕事への誇りがあった。

【公開中】
イオンシネマ佐賀大和(佐賀)、ユーロスペース(東京都)、イオンシネマ シアタス心斎橋(大阪)ほか

【近日公開予定】
イオンシネマ板橋(東京)(7/4~)、シネ・ヌーヴォX(大阪)ほか
詳しくはこちら

【プロフィール】
川口 浩史プロデューサー
東京都出身、日本映画学校(現日本映画大学)脚本科卒業。 篠田正浩、黒沢清らの監督作品で助監督を務める。2010年、初監督作品の『トロッコ』で、TAMA映画賞最優秀新進監督賞、全国映連賞監督賞、日本映画批評家大賞新人監督賞などを受賞。2022年、沖縄を舞台にした映画『島守の塔』にプロデューサーとして参加。その後も映画『おしょりん』など地方発信映画製作を継続。

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