鈴木竜也監督初の長編アニメ映画『無名の人生』が完成
「1年半かけて一人で制作」の舞台裏を俳優・監督の辻凪子さんがインタビュー

監督のほか原案、作画監督、美術監督、色彩設計、キャラクターデザイン、音楽、編集のすべてを鈴木竜也さん(30歳)が一人でこなして制作したアニメーション映画『無名の人生』が完成し、5月16日から全国順次公開される。鈴木監督が1年半をかけて黙々と作り、満を持した劇場長編デビュー作となる。俳優・監督の辻凪子さんは「どんな作品ができるのだろう」と興味津々で完成を楽しみにしていたが、公開を前にこのほどインタビューが実現し、鈴木監督が作品に込めた思いをたっぷり聞いた。
二人の出会いは2年前、宮城県仙台市の映画館「フォーラム仙台」での上映イベントで二人の監督作品が上映された時。鈴木監督はそれまで短編アニメ『MAHOROBA』『無法の愛』などで話題を集めていた。辻さんは館長から鈴木監督を紹介されて意気投合。鈴木監督から「これから1年間、実家にこもって映画をつくる」と聞き、ずっと楽しみにしていたという。完成した『無名の人生』を先行上映で観た辻さんは「一人で作ったということを忘れるくらい、内容のおもしろさにびっくり。もう圧倒されすぎて、言葉も出ないくらいでした」と絶賛する。
ストーリーは、仙台の団地でひっそり暮らすいじめられっ子の男が、転校生との出会いから父親の背中を追ってアイドルを夢見るところから始まる。全10章に分け、主人公の別名をそれぞれ冠し、「誰にも本当の名前を呼ばれることのなかった男」の波乱に満ちた100年の生涯を描く。
実際に完成まで1年半かかったが、鈴木監督は「1日12、13時間ぐらい、ずっとひたすら手を動かして書いていました。曜日感覚もありませんでした」としながらも「辛いなんて全然なく、楽しくて至福でした。普通に毎朝スーツを着て電車に乗って働いている皆さんに、『申し訳ないです。僕はこんな楽しいことをやらせていただいてます』という気持ちでしたね」と振り返る。脚本は最初から書かず、伝言ゲームのようにカットを進め、途中でやり直したり、ボツにしたりすることもなかったという。
それを聞き、「すごい」を連発した辻さん。「鈴木さんが本当にやりたいことをアニメーションで形にしているなって。内容は結構残酷だけど、それが鈴木さんの創作なんだなと。好きなシーンやカットがたくさんあって、とくにつなぎ方が面白い。最初、車で人生を描いていく動き方とか、着せ替え人形みたいにアイドルの人生をシャシャシャって(動かす)。ああいうのは見たことがないから、『ああっ!』って思いました」と感想を伝えた。
芸能界の闇、若者層の不詳の死、戦争など内容的に不条理なシーンもあるが、辻さんは「(100年後に)名前と顔がなくなってしまうような、本当にありそうな未来がなんか怖くなって観ていました。でも唯一自分の中で希望があったのは、未来でもVHSを観ることができるんだっていうところ。未来でも映画とかビデオとか、私が好きなものが形として残るんだって思いました」と振り返った。「そこなんです」と言う鈴木さんは1994年生まれ、辻さんは95年生まれで同世代。テレビを観て育った世代ということで、「テレビがキラキラしている時代のムードも伝えたかった」という鈴木監督とは思いが共通している様子だった。
物語の前半では、鈴木監督の故郷仙台の情景が登場する。仙台駅屋上駐車場の看板や団地、実家のある仙台市宮城野区の鶴ケ谷などが描かれる。「(裏から見た)『仙台』という看板が好き」という辻さん。鈴木監督も「僕もあのシーンが気に入っています。仙台編はみんな実在する場所です。実家を出てパッと写真を撮って、ロケハンが10分で終わる感じでした。『このアングルがほしいな』と思ったらすぐ撮りに行けました」と振り返る。鈴木監督は「新海誠監督作品みたいな聖地巡礼になる作品にはならないかな」と笑いながら、「ぜひ鶴ケ谷という街には来てほしい」と話す。
声の出演は、主人公役のACE COOLさんをはじめ、中島歩さん、毎熊克哉さん、津田寛治さんら豪華俳優陣が声優に初めて挑んだ。鈴木監督の依頼を受け、作品に共鳴して集まった。鈴木監督は「アフレコのやり方では、場面を止めて静止画にして、好きな尺でしゃべってもらって、後から編集で口と合わせるというふうにしたんです。皆さん声優未経験の方で、僕もスタジオでやるのは初めてだったので、一番やりやすいのは何かなと。自由にしゃべってもらって、僕が後から合わせました」と明かす。
インタビューを通じ、辻さんが最も惹かれた点は、同世代の鈴木監督が独学で学んだアニメーションを一人でやり抜いて作ったというすごさ。「これだけは譲れないものは?」という辻さんの質問に、鈴木監督は「アニメの技術こそ自信はないですが、演出においては“新しさ”みたいなものをいつも意識しています。あと、やるからには後悔せずにやることですかね」と答えた。
完成後の宣伝活動が大変だという鈴木監督だが、一人での制作には今後も挑みたいという。「僕はあまり人と『つるみ』をやらないんです。一人でいる時間が幸せなのが確定しているから。今回、豪華な出演者の方に出ていただいて、帰りに『あっ、俺、映画監督としてやっていきたいな』って思ったんですけど、それを持続していきたいです」と話す。また、「実写とかもやりたいですし、どんな形であれ人が驚くような作品を作って、映画離れの阻止に少しでも貢献できたらと思っています…」と意欲を見せる。
辻さんは「とことん一人でやってほしいと思います。鈴木さんだからこそ出せる味があるし、まだまだこの形で作るアニメーションを観たいです」とエールを送った。
★ロケーションジャパン8月号でもインタビューを掲載予定★
<作品情報>
監督・原案・作画監督・美術監督・色彩設計・キャラクターデザイン・音楽・編集:鈴木竜也
声の出演:ACE COOL、田中偉登、宇野祥平、猫背椿、鄭玲美、鎌滝恵利、西野諒太郎(シンクロニシティ)、中島歩、毎熊克哉、大橋未歩、津田寛治
プロデューサー:岩井澤健治(『音楽』『ひゃくえむ。』)
配給:ロックンロール・マウンテン
配給協力:インターフィルム
2024 年/日本/カラー/93分/2.35:1/5.1ch /DCP
©鈴木竜也
5月16日(金)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開