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2023.12.04

ドラマ『VIVANT』のロケ地から奥出雲の深さに触れる

#聖地巡礼

 

ロケ地マップを片手に島根県の松江市、出雲市、奥出雲町を訪れる人が増えている。きっかけはTBSテレビの日曜劇場『VIVANT』。なかでも奥出雲町は松江市、出雲市から山間部に向かって車で約1時間。一般的に季節を選ぶ場所で、なにか目的がなければ行こうと心を決めにくい場所である。

 

そんな奥出雲町に最近、県外ナンバーの車が増えているという。目的はロケ地めぐり。ドラマ内で主人公の父の実家〝乃木家″に設定された「櫻井家住宅/可部屋集成館」を始め、「大原新田」「鬼の舌震」を周遊する人たちだ。

 

「櫻井家住宅/可部屋集成館」。『VIVANT』では主人公の父の実家として登場

 

もともと奥出雲という場所は映像作品と縁が深い。松本清張の小説『砂の器』は奥出雲の亀嵩(かめだけ)が物語の鍵となる場所として登場し、映画化やドラマ化の際のロケ地として映像にインパクトを残している。その地には今でも根強い『砂の器』ファンが訪れるという。

 

それらの時代から今回の『VIVANT』まで、ロケ誘致に大きく関わった宇田川和義氏(奥出雲多根自然博物館館長、元奥出雲町役場職員)はロケの効果をこう語る。「おかげさまでわざわざ遠くから奥出雲に来た人たちは、必ずどこかに寄って食事をされます。町には出雲そばの店が点在していますが、平日でも行列ができるくらいです」。

 

特に『VIVANT』ではロケ地として使われただけでなく、奥出雲がストーリーの出発点となる重要な場所として描かれている。「ドラマを通じて価値を紹介してもらった。この地に連綿と続く日本の歴史と文化を多くの人に知っていただけたのではないか」と話す。

 

 

【スサノオノミコトから日本古来のたたら製鉄まで】

 

歴史を振り返ると、奥出雲は神話の時代まで遡る。高天原を追放された荒ぶる神、スサノオノミコトが降り立ったのが斐伊川の上流である奥出雲の地。クシナダヒメとの結婚を条件にヤマタノオロチを退治し、そこから出てきた「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」が鉄製だったという説がたたら製鉄の歴史へとつながっていく。

 

たたらとは昔から続く日本の製鉄技術。奥出雲はたたらに必要な大量の木炭と良質な砂鉄を調達できる風土を持っていたことから、1000年以上に渡り、たたら製鉄が栄えてきた。そのたたら製鉄がもっとも栄えたのは江戸時代と言われる。宇田川氏の言葉を借りると「良質の砂鉄を求めて奥出雲地方で鉄づくりを始めた豪族、豪農たちがたたら製鉄を企業化」したのだ。その鉄師の頭取を務めたのが今に伝わる絲原家や田部家、そしてロケ地となった櫻井家である。

 

『VIVANT』の中では日本刀がキーアイテムのひとつとして登場しているが、日本刀をつくる一級品の玉鋼(たまはがね)はまさにこのたたら製鉄の技術から生み出されるもの。上記の各家の資料館を訪れると、たたら製鉄の成り立ちや技術、産業的な価値の面からもこの地域の希少性を感じられる。

 

 

【美しい風景はたたら製鉄の仕組みの賜物】

 

もうひとつ、たたら製鉄と密接に関わっているのが奥出雲の景観だ。『VIVANT』ではパトカーが乃木家に向かうシーンの背景に「大原新田」が映し出されている。奥出雲にはこのような整然とダイナミックに広がる棚田の風景があちこちで見られる。

 

奥出雲の歴史と文化を物語る棚田の風景

 

この棚田はたたら製鉄の砂鉄を採取するために切り崩した鉱山の跡地を水田にしたもの。「一般的に鉱山を採掘した跡地は荒れ地になるものですが、ここは砂鉄を取った水路を使って見事な棚田に再生しました。稲作を普及し、燃料の木炭山林を永続的に循環利用したんです。この風土の成り立ちこそが日本遺産と認められた所以でしょう」と宇田川氏。

 

30年周期で森林を伐採し、山を管理し、水田をつくり、人を定住させて、畜産を振興させる。稲の季節は農業を、収穫が終わると製鉄業を。資源を守り、役割分担を明確にして、たたら製鉄と人々の暮らしを循環させてきた一大産業の地。かつての奥出雲には持続可能な循環型の仕組みがあった。

 

さらに宇田川氏は「この地域には迷惑をかけない文化と言いますか、周囲に体裁の悪いことはあまりしたくないという考え方があるんです」と話す。「使わなくなった家や田んぼを放っておくようなことはあまりしない。たたら製鉄の時代からみなで助け合って村を守る。田植えも、最後の一軒の田植えが終わった時が田植えの終わりなんです」。奥出雲のまちを包む、手入れの行き届いた調った空気感は、その価値観の表れかもしれない。

 

 

【訪れるまちから暮らしたくなるまちへ】

 

そんな奥出雲に惹かれて、県外から移住、半移住してくる人たちがいる。3年前に東京から移り住み、奥出雲を拠点に仕事を始めたある女性は「都会から田舎に移住を決める人の多くは田舎を助けなきゃと思うかもしれないけれど、困ったことなどありません。ここにあるのは豊かさだけ」と奥出雲の魅力を表現する。

 

宇田川氏が館長を務める奥出雲多根自然博物館も〝宿泊できるミュージアム″としてこの町の暮らしの一端を体験できる。「奥出雲は『メガネの三城』を創業した多根良尾氏の出身地。多根氏がふるさとを励ます意味で、自然の素晴らしさや命の大切さを知る施設をつくったのです」。この博物館には全国から多くの親子連れが訪れている。また、古民家を一棟貸しするプロジェクトも推進し、春に来た人がまた秋に来たくなり、さらにはここで暮らしたくなるような体験交流プランを提供している。

 

作品の舞台やロケ地となった場所には、その土地が積み重ねてきた歴史や文化がある。そこに暮らす人たちの価値観や習わしに思いを寄せながら、奥出雲を訪れてほしい。

 

「奥出雲多根自然博物館」は宇宙の進化と生命の歴史をテーマとした〝泊まれる博物館″

 

(取材・文 荒木さと子)

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