舞台『ハリー・ポッターと呪の子』

丁寧な準備とユニークな稽古で、ハリー像を構築

2022年7月、アジアで初めて東京で公演された「TBS, HORIPRO & The Ambassador Theatre Group present 舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』」。1年ごとに一部キャストを入れ替え、ロングラン3年目を迎えた本作が、本年も7月8日に幕を開けた。

ダブルキャストの1人として、主役のハリー・ポッターを演じるのは吉沢悠。「この役を絶対にやりたい」と切願し、オーディションを経てその座を勝ち取った。本作は、魔法使いのハリー、ロン、ハーマイオニーが魔法界を救ってから19年後が描かれたオリジナルストーリー。劇中のハリーは37歳の設定だ。吉沢は1978年生まれの45歳。「俳優として、誰もが知るハリー・ポッターを演じられるチャンスはそうありません。しかも、世代的にちょうどいいタイミングで演じられる時期も限られている。縁あってオーディションの話をいただき、ぜひやりたいと思いました」

出演が決まり、稽古が始まるまでの約2カ月間は、ひたすらハリー・ポッターの世界観を理解することに費やした。 「ハリー・ポッターシリーズの映画、ファンタスティック・ビーストシリーズは全て見ました。ストーリー上で気になる点があれば、見返して確認して。かなりの時間を費やしましたね。演じるのは大人になったハリーですが、成長する過程を知った上で人物像を理解したかった。この舞台はロンドンから始まっているので、ロンドンにも足を運んで観劇しました。イギリス版は日本版にはないシーンがあるんですよ。それを見て、日本版にはないけれど、自分の中に世界観の1つとして落とし込むことができました。イギリスが舞台の物語なので、イギリスの街並みを歩くことで言語化できないものを感じられるのではと思い、数日間滞在して街の空気を体感しました」

そうして心の準備をし、迎えた稽古。吉沢は「稽古をしながら得た気付きが、ハリー像の構築に役立ちました」と振り返る。演出を手掛けたエリック氏は、演者たちにそれぞれが演じるキャラクターと丁寧に向き合わせた。

「さまざまな解釈のアプローチで演出をしていただき、自分が捉えていたのとは違うハリー像を発見する瞬間がたくさんありました。それに加えて、共演するキャストと作り出す空気感から得たものも大きかった。ダブルキャスト、トリプルキャストで臨みますから、組み合わせによってハリーとしてその時々に生まれる感情が違うんです。そういった要素を合わせて、自分なりのハリー像を確立していきました」

また、「このハリー・ポッターチームならではのユニークなウォーミングアップが、一体感づくりに役立った」と吉沢は話す。一般的には出演者が各自で思い思いに体をほぐして稽古に臨むが、ハリー・ポッターチームは全員で集まって、一緒にウォーミングアップを行った。しかも、数人のグループを組んでアクロバティックな動きをしたり、ダンスのような動きをしたりと、コミュニケーションを取りながらする運動が多い。自然と出演者同士が触れ合え、大変な運動を一緒に乗り切った仲間意識も芽生える。 「ちょっとしたことのように思いますが、こうしてチームに良い雰囲気が生まれるのは、すごく重要なこと。空気感は舞台に反映されるものですから。とてもプロ意識の高い現場だと感じましたね」

人によってハリーの見方は異なる。レビューが荒れたらうれしい

上演時間は3時間40分、2025年2月まで公演延長が発表された。過酷とも言える現場を乗り切る工夫を尋ねると、「とにかく寝ること」とのこと。「演出を受ける上で何度も言われたのが、エネルギーとアドレナリンという言葉でした。感情を強く表現するシーンはもちろん、穏やかに演じるシーンでも、内側にはしっかりエネルギーを持っていてほしい。それがあるかないかは大きな違いだからと。そのエネルギーを保ち続けるには、健康じゃないといけません。ゆったりした音楽を聴いたり、リラックスできるように呼吸法を試したりして、なるべく気持ちを切り替えて、よく眠れるように気を付けています」

主演だからこそセリフ量も運動量も相当だが、一番大変なことを尋ねると、「最初のシーンからカーテンコールまでハリーで居続けること」との返答が。「どこにも吉沢悠が出ないようにするのが、非常に大変です」と、公演中の張り詰めた状態を口にする。それを助けてくれるのが、「衣裳であり舞台セットであり、キャストやスタッフの存在」なのだとか。 「何度もフィッティングをして作り上げた衣裳、ハリーの額の傷を表すメイク、繊細に作られたセット。これらによって、吉沢悠からハリーへのスイッチが入ります。ダブルキャストでハリーを務める平方元基さんとも話したのですが、これに加えて一緒に頑張っているキャストの皆さん、見えないところで一生懸命に舞台を支えてくれるスタッフの皆さんがいて、ハリーになれている気がします」

本作の見どころの1つとして吉沢が挙げるのは、「3人の父親となったハリーと、彼を取り巻く人々との人間関係」だ。「魔法界の話ではありますが、父親と息子の葛藤、親としての悩みなど僕たちの日常に通じることも描かれています。“吉沢のハリーは最悪だったな”とか“いや、親にならないとハリーの気持ちはわかんないよ”とか、見る人の解釈でいろんな感想が飛び交って、レビューが荒れてほしいですね(笑)」

映画で見た数々の魔法が目の前で繰り広げられるのも、本作ならではの見どころ。「“ここまで世界観に引き込んでくれるのか”と思うくらいの体験ができるはずです。その意味をぜひ劇場で体感してください」

（文・佐藤葉月）