岩手県久慈市/連続テレビ小説『あまちゃん』
「あまちゃん終わっても、さめちゃんもあるぞ!」
『あまちゃん』人気で一大観光地になった久慈に行った。以前は「北限の海女」が売りで、年間五千人ほどの観光客が訪れていたそうだが、昨年はそれが一気に二十万人! 一年たった今年もすでに八万人が小袖海岸にやってきたそうだ。
さっそく商工会議所の人に車で案内してもらう。天気がよかったので、海がまさに紺碧。リアス式海岸のゴツゴツした岩の景観と相俟っていきなり素晴らしい。ドラマに出てきた漁協の建家は今も残り、あの坂道、あの堤防、あの灯台、とファンにはタマラナイロケ地が残っている。
笑ったのは最近できたという「じぇじぇじぇ発祥の地」の石碑。発祥って。でも市としては石碑ぐらい建立したくもなろう。いいと思います。
今年全線開通した三陸鉄道にも乗った。平日なのに二両編成が座れない人多数の満員! しかもこの日は貸し切りのレトロ車両が連結されていた。以前は一両で、いつもガラガラ。ずっと赤字鉄道だったのが、去年初めて黒字になったそうだ。よかったよかった。ローカル線のゴトゴト感が旅情を誘う。絶景の鉄橋の上では電車を一旦停止、写真など撮らせてくれるサービスも。都会の鉄道では考えられないノンビリ田舎感がうれしい。
駅前では、ドラマのモデルになった喫茶店「モカ」が観光客で大賑わい。なんっでもない昔ながらの喫茶店なんだけどね。でも知らなきゃ通り過ぎそうな店だが、入ると懐かしい居心地のよさがあった。ボリュームある卵サンドが人気。おいしい。ナポリタンも正しくウマかった。付け合わせがピクルスに見せかけたキュウリの漬け物だ。
午後はひとりで「ふらっとQusumi」。駅前には古くからやっていそうな食堂が数軒、ラーメン屋も数軒あり、居酒屋も点在している。気になる店を外から入念に観察するのが楽しい。どこも個性的で入ってみたい。「モカ」もそうだが、都市部では大規模チェーン店に潰されてしまった普通の個人店がまだ残っている。個人店は街の宝だ。
夜、商工会議所の人たちと居酒屋で飲んだ。昼間、良さそうだな、と思っていた店だったので己の直感に「やっぱりね」とほくそ笑む。町のラーメン屋の話をすると「あそこはウマい」「オレはダメだ」と意見が分かれたりして、その本気の話っぷりから、店の味が想像され、すごく楽しい。
ワタと和えて出される「どんこ(エゾイソアイナメ)」の刺身が最高に旨い。サンマ刺も見てわかるほど新鮮。地酒がススんで困る。豆腐田楽も素朴でいい味。ボクはもっと野菜料理があったらいいと思った。凝ってないサラダや温野菜や焼き野菜やきのこ。こっちの普通が絶対おいしい。
町では閉まった銭湯を二軒見た。ホテルにも大浴場が無かったので、温泉を聞くと「べっぴんの湯」が車で40分と遠い。近くに「古墳の湯」という入浴施設が近くにあるというので、翌日連れて行ってもらう。商工会議所の人は来たことが無いという。ここがよかった! 地下水を沸かせた風呂だが、湯が柔らかく、露天風呂もあり、高台で久慈の町が一望。なのにガラガラ。最高の穴場だ。
帰りにあまちゃんならぬ「さめちゃん食堂」を発見。入って食べたラーメンが昔味で大当たり!
東京から新幹線で二戸まで来て、バスで山越え1時間。この山道が渓谷もあってゴキゲン。久慈、意外に近い。あまちゃんが遠くなっても、普通の海辺の田舎町のよさが詰まってるイイところだ。まだまだ伸びシロも残っているとボクは感じた。
くすみ・まさゆき
東京都出身。作画・和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」で描いたマンガ『夜行』でデビュー(81年)。実弟・久住卓也とのユニットQ.B.B作の『中学生日記』(青林工藝舎)で第45回文藝春秋漫画賞を受賞。原作マンガ『孤独のグルメ』(扶桑社)、『花のズボラ飯』(秋田書店)は揃ってドラマ化。漫画、エッセイ、切り絵、音楽など、多方面で活躍中。最新作、東京から大阪まで2年間かけて散歩をした実録エッセイ『野武士、西へ 二年間の散歩』好評発売中。