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インタビュー&コラム

■クリエイターインタビュー

映画『エルネスト』

「ゲバラの広島訪問を冒頭で印象付けたかった」
……阪本順治監督
「広島のシーンで主人公の気持ちが
理解できた気がします」
……八木亜希子さん

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人民のために銃を持った
医師ゲバラとフレディ

 

一作ごとに新たな領域を切り拓いてきた阪本順治監督。10月公開の新作『エルネスト』では英雄ゲバラの意思を受け継ぎ、共に戦った日系二世の生き様を追いました。広島でクランクインした後に向かったのは激動期のキューバ。かの地を旅したことがある八木さんが興味津々でロケの様子を伺います。

 

八木亜希子さん(以下:八木): 『エルネスト』拝見しました。監督はこれまで非常に幅広いジャンルの作品を撮られてきましたが、実在の人物を掘り下げるのは、今回が初めてだったとか。

阪本順治監督(以下:阪本): 主人公はフレディ前村という日系人ですが、実在した一人の人物を実名で追うのは初めてですね。

八木: 映画化に駆り立てたものは何だったのでしょう。

阪本: 1959年、キューバ革命の半年後に、ゲバラは広島を訪れて原爆慰霊碑に献花しています。そして、その8年後、日系二世のボリビア人がゲバラの下で戦って散った。その2つが頭の中で結び付いたとき、日本人の僕が触れていい話かもしれないと思ったんです。ゲバラの広島訪問とフレディの学生時代が無関係だったら、そうは思わなかったと思いますが、フレディがキューバに留学してすぐキューバ危機が起きる。その時核の恐怖を最も感じたのは、広島を訪れたゲバラでしょう。この2つがうまく描けたら、日本人にしか作れない映画になると思いました。

八木: 冒頭でゲバラの広島訪問を丁寧に描いてらっしゃいますね。

阪本: ゲバラはカメラ好きで、日本滞在時も写真を多く撮っている。ところが広島では慰霊碑に献花する老人を写した写真含め2枚のみ。しかも当時随行した大尉も、その写真の記憶はないと言う。ゲバラは献花後、帰りの列車を待つ間に、一人でカメラを手に再び慰霊碑を訪れたのではないか。仮説ではありますが、このエピソードで広島を印象付けたかったんです。

八木: あのシーンを観ると、

 

(続きは本誌を御覧ください)

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映画『エルネスト』

【Story】
1967年、ボリビア戦線で命を落としたキューバ革命の英雄エルネスト・チェ・ゲバラ。同時代、ゲバラからファーストネームである「エルネスト」を戦士名として授けられた日系人がいた。その名はフレディ前村。日系二世としてボリビアに生まれたフレディは、医師を志してキューバの国立ハバナ大学に留学するが、キューバ危機の最中にゲバラと出会い、その生き方と圧倒的なカリスマ性に心酔し、共にボリビアの軍事政権に立ち向っていく。

【作品詳細】
『エルネスト』
監督・脚本:阪本順治
キャスト:オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ ほか
(C)2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

【PROFILE】

阪本順治監督
1958年、大阪府生まれ。89年、『どついたるねん』で監督デビュー。藤山直美主演の『顔』( 2 0 0 0 )で日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞。代表作に『新・仁義なき戦い。』( 0 0 )、『亡国のイージス』(05)、『闇の子供たち』(08)、『座頭市 T HE LAST』(10)、『大鹿村騒動記』(11)、『北のカナリアたち』(12)、『団地』(16)などがある。

八木亜希子さん
神奈川県出身。フジテレビアナウンサーとして活躍したのちフリーランスに。キャスター、女優。フォニックス所属。かながわ観光親善大使も務める。ニッポン放送『八木亜希子 LOVE&MELODY』ほか、女優としても、映画『みんなのいえ』(01)、連続テレビ小説『あまちゃん』(13)、ドラマ『昼のセント酒』(16)、大河ドラマ『真田丸』(16)、ドラマ『カルテット』(17)、映画『サクラダリセット』(17)ほか出演。

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